【ボランティア】カンボジアボランティア体験記

【ボランティア】カンボジアボランティア体験記

一度は訪れたい世界遺産「アンコールワット」で有名なカンボジア。人気観光地がある中、「貧困」という大きな問題を抱えています。今回は、実際に現地で行ったボランティア活動について紹介をします。

歴史

1975年 原始共産主義を掲げたポルポト政権が誕生。この政権は、「お金はいらないから、原始時代の生活(農業)をしていこう」という思考を持っていました。しかし、中にはこの政権に反発する人が出てきます。すると、政権に対して反発する人などは必要ないという考えから、大量の知識人が続々と虐殺をされました。

この出来事は、約40年程前の話です。

そして、虐殺が行われた場所は「killing felled(キリングフィールド)」と呼ばれプノンペンなどに今も残っています。

私自身カンボジア第二の都市といわれるバッタンバンに行った際、虐殺が行われた「killing felled(キリングフィールド)」に2度行きました。

子どもの貧困問題

カンボジアの子どもたちの貧困問題は、ポルポト政権時代に知識人などの大量虐殺が影響しています。その為、学校における教員不足や学校の破壊など充分に教育を受けられる環境が整っていません。また、教育を受けられる子どもは少なく、街に夜になるとストリートチルドレンが路肩で寝泊まりをしたり、劣悪な環境で労働をさせられるなど子どもたちの生活は危険と隣り合わせです。

バッタンバン

私が活動したのは、第二の都市と呼ばれているバッタンバン。しかし、アンコールワットのあるシェムリアップに比べると小さく素朴な街です。また、インフラが整っておらず川が氾濫し家が浸水したり、道路には非常に大きな水たまりが複数個あるような状況です。

孤児院での活動

さて私は、大学時代に孤児院でボランティア活動を行いました。そこで生活する子供たちは、様々なバックグラウンドを抱えています。例えば、両親に捨てられ親戚にも引き取りを拒否され行き場を失った子ども、ストリートチルドレンだった兄弟、親から暴力を振るわれた子どもなど。

実際活動していた孤児院では、以前臓器売買のために子どもが誘拐されてしまいました。それ以降、子どもたちが学校に行く際には車に乗せて通っているそうです。

また、活動期間中には警察に連れられ新しく小学5年生くらいの男の子がやってきました。彼は、英語を話せたため街にある英語スクールに通っていたのではないかと現地のボランティアの方が話していました。しかし、男の子は自分の名前しか名乗らず年齢もおろそかどこから来たのかも教えてくれなかったそうです。

カンボジアでは教員不足などの理由から体育教育があまりありません。その為、ボランティアに行った際に「運動会」することを1つの目標として行いました。

その運動会の練習中、ほかの子に比べて集中力が持たずすぐに飽きてしまう子がいました。初めは、「面白くないからやりたくない」と思っていましたが、実際は違いました。その子は、親から暴力を振るわれその後遺症で学習障害を患っていました。

学んだこと

幸せの定義

日本で生活をしていると衣食住全てが揃った生活が当たり前に感じ、幸せになるためにはどうしたらいいのかと考えてしまいます。しかし、カンボジアに行った際衣食住が十分ではないにも関わらず、笑顔を絶やさないひたむきな姿を見てきました。

自分が同じ状況で生活をしていても、幸せではないと思ってしまいますが、彼らは当たり前の生活の中で「小さな幸せ」を見つけ、今ある状況を楽しむ芯の強さや「心の豊かさ」を兼ね備えている気がします。

踏む出す勇気

この経験を通して、何事も挑戦することが大切であると改めて感じました。教科書などで学んでいるだけでは見えない部分があまりにも多くあります。また、現地に行き現状を受け止めることやその現状を見てどう思うのかが非常に重要であると思います。

まとめ

いかがでしたでしょうか?観光で行くのも勿論いいですが、その国が抱える現状をより知るそして理解することも同時に大切であると思います。皆さんもぜひ機会があったらボランティアに参加してみてはいかがでしょうか。

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